福島バッジプロジェクトは、福島の人達が「原発はイヤだ」と意思表示を出来る場を作り、その福島の人々の心に呼応して、同じ意思表示を日本中のだれもが出来るような場を作る事を目的として設立しました。

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茨木のり子さんの詩「わたしが一番きれいだったとき」

引越しの準備をしていて、アクセサリーを仕舞っていた時、古びた箱を「なんだろう?」と開けたら、金色に光るブローチが入っていました。
「エッ?これは?」
微かに記憶の中で、連れ合いから貰ったのを思い出しました。
慌てて「ねえ、これ・・・。私忘れてた・・・全然着けて出かけたことなかった、ずうっと・・」
「ああ、それね。とってもしゃれていていいなと思って、アンティークのお店で買ったんだ。有名なデザイナーのだよ。6,7年くらい前だったかな。」
「これ、本物の金よね。高かったでしょ?きれいで、今の私にはとっても素敵に見える。」
「君に似合うと思ってさ・・・・。」
「ゴメンナサイ。こんな高価できれいな物をずうっと着けてなかった。でもこれを着けて一緒に歩きたい。そう言えばずっと、きれいな洋服着てなかった。アクセサリーもずうっと着けてなかった。あなたはこの髪を振り乱して、おしゃれしてない私をずうっと見てたのね。」
「君はどんな格好でもいつでも素敵だよ。」
「・・・・・・」
伯母の介護でなりふりかまわなかった頃、連れ合いはいつも一人で母国に帰国していました。そんな時に買ってくれたのだと思うと、申し訳なさで胸がいっぱいになりました。

突然に思いだしました、茨木のり子さんの詩を。
心の中で何回も詩の中の「わたしが一番きれいだったとき・・」とつぶやきました。
この15年間を思って泣きたくなりました。
もう少し可愛くなりたいと思いました。四捨五入したら70歳です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
わたしが一番きれいだったとき
※茨木さんは15歳で日米開戦を、19歳で終戦をむかえた。

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように ね
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Author:福島バッジプロジェクト
福島から声を出さなければ、原発は止まらない・・声を出せるような環境創りをし、又、声を出さなくとも意思表示をしようという事で始めました。このブログを通じて、多くの方に活動をご理解いただき、福島と共に歩んで欲しいと思います。

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