同じ言語の中で同じような日本の食べ物を食べて育った私達。或る者は裁判官になり、或る者は被告になり、原告になり、裁判所の職員になる。
私たちは既に心の痛みを分かち合うことが出来ないのか、心の奥に痛みを感じるないのか、心の中の鬼を追い出そうと喉の奥がググッとなります。希望を夢を見失いたくないですね。
「人生二毛作田舎暮らし」 から転載させていただきます。
http://nimosaku.blog.so-net.ne.jp/・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
福島の女たちの訴え原発いらない福島の女たちの
脱原発テント裁判の傍聴記(以下)
福島の女たちに感謝しながら以下転載
違憲判決に対する市民の
せめてもの非暴力的な対抗手段を実施したに過ぎない・・・
『福一から流れ出ている放射能は空と海を汚染し続け、今も子どもたちの命が傷つけられている。
このやむにやまれぬ私たちの怒りと悲しみを、フクシマを、テントで訴えることが罪になりますか?
原発の再稼働あり得ない!とテントで訴えることが悪いことですか?』
テント裁判での福島の女たちの訴えはこれにつきるだろう。
不当判決が予想されていた。
「マイクを使ってよく聞こえるように話してください」と再三の要求があったのにかかわらず、
はっきりと全部を聞き取れない判決言い渡し(裁判長も後ろめたいか)。
おとなしく傍聴席を離れるはあまりにも悔しかった。
しかし、私たちにできる抵抗はそこに居座ることぐらい。
せめて、それを最後に排除されるまでやろう、なんとなく私はそう思っていた。
たくさんの屈強な体格の職員たちが傍聴人を取り囲み、「裁判は終了しました」から
「退去命令が出てます」へと語調も変わる。
不当判決に抗議する仲間の3人(男性)がひっぱり出される。
外でみんながシュプレヒコールをあげているのが聞こえていた。
この法廷の中だけではないんだ!と心強い。
かなりの時間を椅子に座ったまま皆で頑張った…。
3,4人がかりで手足を持ち上げられていった。
脱力、脱力と念じる。途中「この辺から歩きませんか?」と何回か。
単に重たいからか、マスコミなどの写真を警戒してか?
冗談じゃない。「私らは仕事だから…」といって対話の試みに耳をふさいでいた若い職員たちだ。
最後までしっかり持って運びなさい。
仰向けに雨に顔を打たれながら「覚えておきなさい。
私らはあなたたちの子どもの、そのまた子どもたちのことを思って抗議しているんだってことを」と説教。
この初体験の中で、これまで人間の歴史の中でどれほど多くの見えない抗いがあっただろうか、
そんなことも一瞬頭をよぎった。
雨に濡れてビショビショの路上に排除された。
職員たちはしかし、横になったままの身体を水たまりを避けて置いたようにも思えた。
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