(前略)
ウ、はま子さんが山木屋での生活ができなくなったことに
よるストレスはま子さんは、山木屋地区に生まれ、本件事故で避難するまで
約58年にわたり山木屋地区で生活してきた。
そして、はま子さんは、山木屋地区で生まれ育った原告で夫の幹夫さんと
結婚し、山木屋地区で3人の子どもを産んで育て上げ、2000年には自宅を
新築し、そこで家族の共同生活をなしていた。
子どもたちも人生の大半を山木屋地区や自宅で過ごしていた。
はま子さんは、自宅で近隣住民らを招いてカラオケ大会を開いたり、野菜を
融通し合うなどしていた。
はま子さんにとって山木屋地区や自宅は、生まれ育った場や生活の場として
の意味だけではなく、家族としての共同体をつくり上げ、家族の基盤をつくり、
はま子さん自身が最も平穏に生活をすることができる場所であり、密接な
地域社会とのつながりを形成する場所でもあったということができる。
本件事故により、山木屋地区の空間放射線量率は平時の数十倍に上り、
その影響が長期間続くことが懸念された。
そのため、政府は、山木屋地区の農地への作付けを制限するなどの対策を
取り、山木屋地区を計画的避難区域として設定した。
これにより、住民は区域外への避難を余儀なくされ、避難指示が解除される
まで、事実上、区域内にあった家屋などの不動産を使用、収益、処分すること、
そこで生活をし、仕事をすることなども不可能、または困難となった。
幹夫さんとはま子さんは、本件事故により山木屋地区が計画的避難区域と
して設定されたことにより、それまで同居していた原告の実子とも別居を余儀
なくされた。
これらの事情などの通り、山木屋地区への帰還の見通しが持てない状況に
あったことに照らすと、はま子さんは、本件事故により山木屋地区が
計画的避難区域に設定されたことによって、山木屋や自宅で生活し続けること
ができなくなり、家族形成の基盤であり、また地域住民とのつながりの場と
しての自宅、自宅での家族の共同生活、地域住民とのつながりなど、生活の
基盤ともいうべきもの全てを相当期間にわたって失ったと認められる。
はま子さんが生活の基盤ともいうべきもの全てを相当期間にわたって失った
ことは、財産そのものを喪失したものではないが、家族や地域住民との
つながりをも失ったという点で大きな喪失感をもたらすものであり、
ストレス強度評価における
「多額の財産を損失した、または突然大きな支出があった」(強度Ⅲ)
「家族が増えた、または減った子どもが独立して家を離れた)」(強度I)
場合と同等か、それ以上のストレスを与えたものであり、そのストレスは
非常に強いものであったと認められる。
エ、はま子さんが山木屋での仕事を失ったことによるストレス
はま子さんは、原告の幹夫さんと同じ養鶏場で働いていたが、本件事故により
山木屋地区が計画的避難区域に設定されたために養鶏場は閉鎖を強いられ、
はま子さんと幹夫さんは仕事を失った。
はま子さんは、自己の意思にも自己の責任にも基づかずに、全く予期せずに
仕事を失ったという点で、ストレス強度評価における「退職を強要された」
(強度Ⅲ)と同等か、それ以上の強いストレスを受けたと認めることが相当で
ある。
オ、山木屋地区への帰還の見通しが持てないことによる
ストレス
山木屋地区が計画的避難区域に設定されるに際し、帰還時期については
明言しなかった。
放射性物質のセシウム137の半減期は約30年に及び、山木屋地区の住民は、
避難後にいつ帰還できるかの見通しは持てない状況にあったと認められる。
このような状況で避難を強いられた者が抱くストレスは、ストレス強度評価に
いう「天災や火災などにあった、または犯罪に巻き込まれた」(強度Ⅲ)
ことによるストレスと同程度か、それ以上のストレスといえ、はま子さんは
強いストレスを受けたものと認めることが相当である。
力、住宅ローンの支払いが残っていることによるストレス
はま子さんは、本件事故後、山木屋にある自宅の住宅ローンの支払いを
心配する発言を繰り返していた。
本件事故により、原告の幹夫さんとはま子さんは失職し、計画的避難区域の
設定解除の見通しが持てなかったことに照らすと、はま子さんが住宅ローンの
支払いについて、見通しを持てなかったことは無理もない。
住宅ローンの支払いができないことで自宅を失うかもしれないという不安が、
はま子さんに与えたストレスは、
ストレス強度評価でいう「借金返済の遅れ、困難があった」(強度1)ことによる
ストレスに近いものと認められる。
キ、避難先の住環境の違いによるストレス
はま子さんが避難前に居住していた山木屋地区は、極めて小規模の集落で
あり、最も近い隣家までも相当の距離があり、隣人の息づかいを全く意識
せずに生活できる住環境であった。
これに対して、避難先の福島市内のアパートは、隣人と壁1枚を隔てて接する
集合住宅であり、このような住環境の激変は、はま子さんにとって相当の
ストレスになったと認められる。
(中略)
はま子さんの自殺と本件事故との間の因果関係に関する総合的検討ア、はま子さんの自殺につながる準備状態は、
まず、本件事故に基づいて生じた一般的に強いストレスを生む要因となる複数
の出来事がはま子さんの周囲に短期間に次々と発生し、もともとストレスに
対する耐性が弱いはま子さんが、これらの出来事に、予期なく遭遇することを
余儀なくされたこと、このような極めて過酷な経験がはま子さんに耐え難い
精神的負担を強いて、はま子さんを「本件うつ状態」に至らしめたことによって
形成されたものと認めるのが相当である。
そして、自宅への一時帰宅が終わり、本件アパートでの生活の再開が迫って
いたことが直接の契機になって、はま子さんは自殺したものと認められる。
(中略)
自らが生まれ育ち、58年間余にわたって居住し、その間、小さいながらも
密接な地域住民とのつながりを持ち、そこで家族を形成し、その家族の安住
の地となった山木屋の地に居住し続けたいと願い、そこで農作物や花を育て、
働き続けることを願っていたはま子さんにとって、このような生活の場を自らの
意思によらず突如失い、終期の見えない避難生活を余儀なくされることによる
ストレスは、耐え難いものであったことが推認される。
そうであれば、はま子さんの心身の脆弱性を適切に考慮しても、本件事故に
基づいて生じた一般的に強いストレスを生む要因が、はま子さんの自殺に至る
準備状態の形成に寄与した割合は8割(はま子さんの心因的要因を理由とする
減額割合は2割)と認めるのが相当である。
争点3これまでの認定判断の通り、はま子さんが本件事故による避難生活によって
受けた肉体的、精神的ストレスは、相当大きな負担であったことが推認される
こと、特に、はま子さんは全く予期し得ない本件事故に伴う避難により、生まれ
育った山木屋での生活を失い、山木屋での仕事も失い、帰還の見通しが
立たない不安や、将来の自宅の住宅ローンの不安を抱えつつ、慣れない
アパートでの避難生活を強いられたものであり、このような避難生活の最期に、
はま子さんが山木屋の自宅に帰宅した際に感じたであろう展望の見えない
避難生活へ戻らなければならない絶望、そして58年余の間生まれ育った地で
自ら死を選択することとした精神的苦痛は、容易に想像し難く、極めて大きな
ものであったことが推認できることを考慮すれば、はま子さんが被った
精神的苦痛に対する慰謝料は、2200万円と認めるのが相当である。
それ以外の損害は、逸失利益が約2500万円、葬儀費用200万円などとし、
心因性減額分2割を差し引くなどして裁判所が認める総額は約4900万円
となる。
(判決文紹介終わり)
この判決を受け、東京電力は9月5日、控訴を断念原発事故による自殺で
東電に賠償請求した訴訟として、初の判決が確定することになりました。
はま子さんの弁護士は、こう語っています。
「(東電が)控訴断念に至ったのは、判決を支持する世論の力が大きい。
東電の企業責任を世間に示す例となり、今後の同様の判決に対し、
大きな意味を持つ。」
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