福島バッジプロジェクトは、福島の人達が「原発はイヤだ」と意思表示を出来る場を作り、その福島の人々の心に呼応して、同じ意思表示を日本中のだれもが出来るような場を作る事を目的として設立しました。

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「子ども達に希望を!」福島のマスコミが伝えるFUKUSHIMAリポート

今回はフクシマン・マサさんの人となりのイメージの拡がる厚労省日報ダイジェストです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
福島県のフクシマン・マサです。

厚労省ダイジェスト福島県版を書いていると、時々、福島に住む方から、悩みや苦しみを
切々とつづったメールをいただきます。
「福島では放射能の会話は、ママ友とはとてもできない」
「子供や夫に放射能のことを言うと、"またか"という顔をされる」
「郡山市にすんでいるのは、身体もきついし、気持ちもきれそう。でも事情があって
避難に踏み切れない。」

私も同じ悩みを抱えています・・・自分にできることは悩みや苦しみに共感し、返事の
メールを書かせていただくことぐらい・・・
メールをいただく度に、何か助けになれたらと思いながら、何の力にもなれない自分を知り、
もどかしく思います。
残念ながら、自分には、(みんなを助けるために)世の中を変えるような、大きなことは
できません。

今できることといえば、自分にできる小さなことに、精いっぱいの心を込めることぐらいです。
私事で大変申し訳ありませんが、昨日は私の44歳の誕生日でした。
ちょうど誕生日のその日に、福島民友新聞に、「希望」を与えてくれる、小さな記事が
のっていました。
ネットにはアップされていない記事でしたので、書き起こしてみました。

いつもの内容とは違う感じ投稿ですので、戸惑われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
たまにと言うことで、大目に見ていただけたらと思います・・・

もしよかったら、読んでみてください。
##############

瀬戸内寂聴さん  「変われるから希望を」  ~被災者が編んだショール~

地方を犠牲にして成り立つ中央、人間より国家を優先する在り方、科学技術への過信…

東日本大震災で露呈した矛盾や問題点は、さらに深刻化しているようにもみえる。
しかし今、私たちはそのことから目を背け始めてはいないか。
多くの命を奪った震災から3年、日本の航路を危ぶむ6人に聞いた。
☆記事本文☆
この手編みのショール、いいでしょう?すごく暖かいの。夜中に原稿を書いているときも、
肩に掛けています。東日本大震災で被災した、飯舘村のおばあちゃんが編んでくれたんです。

震災後、何度か被災地を訪ねました。
お見舞いに行くとみんな喜んでくれましたが、あの年の秋の飯舘村だけは違った。
誰もが顔をこわぱらせていて、厳しい表情です。それで「みんな疲れているわよね。
私、小説よりあんまが上手なの」と、そこにいたおぱあちゃんの肩をもんであげたのね。
そうしたら場が和んで、みんながつらいことや政府に腹が立つことを口々に話しだした。
つらい思いは、口に出すことで少しは楽になるから。

それから1年以上がたった冬、仙台で講演をしたときに、あの飯舘村のおばあちゃんが
来ていて、ショールと帽子をくれたんです。
「寂聴さんも寒いでしょう。毛糸をもらったから、あんまのお礼に」って。
原発事故で村に住めなくなり、家族もバラバラな状況なのに。その優しさに心打たれました。

震災から3年がたち、政府は今、そういう人たちを放ったまま、東京五輪の開催決定で
浮かれています。
原発は汚染水を垂れ流し続けているのに、安倍晋三首相は「コントロールされている」
と平気で言う。
目の前に華やかなことがあれば国は治まっているようにみえると、震災のことを
忘れさせようとしているのでしょうか。
五輪を開催する余裕があるなら、避難生活で苦しんでいる人たちが戻れるようにすること、
今いる環境を少しでも住みやすくすることが、政府のすべきことです。

人間は忘れるという能力が与えられているから、生きていける。
忘れなければ生きていけないような、つらいこともある。

でも、決して忘れてはならないこともある。それが震災です。原発事故です。
「代受苦」という仏教の言葉がありますが、私たちがこうして生きていられるのは、
震災で亡くなった人たちが代わりに苦しみを受けてくれたから。
だからこそ、忘れてはいけない。

以前、津波で行方不明になった後、遺体で見つかった人たちの名前を新聞で探し、
ノートに書き写して私に送ってきた人がいました。
「自分は被災しておらず、何の力もないけれど、せめてノートにその名前を書き続けるので、
寂聴さん、祈ってください」と。人間はすごい、と感動しました。
人間も、ものも、すべては変わっていきます。
今の世の中が悪くても、「変われる」と思うから、私は希望を捨てられないのです。
今年92歳になりますが、この、不安で危険な国を残しては死ねません。
ちょっとでも良くし、「ここまでしかできなかったけど、ごめんね」
と言って、子どもたちに手渡したいのです。

(記事書き起こし終わり)
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(福島県郡山市 フクシマン・マサ)

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Author:福島バッジプロジェクト
福島から声を出さなければ、原発は止まらない・・声を出せるような環境創りをし、又、声を出さなくとも意思表示をしようという事で始めました。このブログを通じて、多くの方に活動をご理解いただき、福島と共に歩んで欲しいと思います。

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