福島バッジプロジェクトは、福島の人達が「原発はイヤだ」と意思表示を出来る場を作り、その福島の人々の心に呼応して、同じ意思表示を日本中のだれもが出来るような場を作る事を目的として設立しました。

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脱原発テントが撤去された後の経産省前テントひろばの様子

経産省前の脱原発テントが強制撤去された後のテントひろばの様子を藤原節男さん(脱原発公益通報者原子力ドンキホーテ)からMLでいただきましたので、一部転載させていただきます。
この方のメールはテントひろばのこと、たくさんの活動情報だけでなく、「映像証拠」として、
福島3号核爆発⇒https://goo.gl/ji6Wlh
仏独共同の国営放送局ARTE 「フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実」
福島3号核爆発の新証拠、セシウムホットボール
 空中水蒸気が温度低下で凝縮し、表面張力で真球の水滴となり、虹ができると同様、核燃料が核爆発でガス化、プラズマ化して、爆発後は、断熱膨張で内部温度が下がり凝縮し、表面張力で真球のセシウムホットボールができたと考えるのが自然です。真球のセシウムホットボールは、核爆発以外では生じない。
福島3号核爆弾の証拠集等々、たくさんの映像を紹介してくださっています。
http://sonegoronet.jimdo.com/脱原発/脱原発ドンキホーテ藤原節男/
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
https://www.google.fi/?gfe_rd=cr&ei=gxDPV_6pGNGq8weWl4HICw#gws_rd=ssl
8月21日(日曜日)午前3時、経産省前脱原発テントが強制撤去された後、15日目の「脱原発テント日誌9月5日(月)版」を紹介します。

【脱原発テント日誌9月5日(月)版】
経産省前テントひろば1807日後 強制撤去後15日目
◎「ここはまるで灯台のようだ」と言ってくださった 
9月3日(土)(O・O)
 座り込みは12時から16時まで。訪問者は10人ほど。天候は晴れ。日差しが強いものの15時までは風は爽やかでした。でも夕方になると蒸して。とにかく今日は暑かった。
 誰もいないひろばでKさんと座り込みの準備をしているとIさん、Tさんが来ました。それを待っていたかのように経産省の職員と警備員の二人が現れたのでまずは挨拶、「こんにちは」とか「お疲れ様」だったかな。あちらも挨拶のあと「経産省の敷地に入らないでください」と何となく言いにくそうに言いました。Kさんが再処理をやめるように抗議すると「それは私に言われても・・・」(そりゃそうだ)。Kさんが「責任者に伝えてください」と、話を締めくくったのでお二人の任務は短時間で終了。帰り際に職員の人と目があったのでお辞儀をしたらあちらも何やらホッとしたように会釈。
 今日は澤地久枝さんの呼びかけ「アベ政治を許さない」のスタンディングが国会前で行われましたが、テントに寄る人はとても少なかったです。澤地久枝さんは今日が誕生日で86歳になられたそうです。私たちも13時にポスターを掲げました。
 13時20分ごろ、お馴染みの濃紺1BOXの警察車両が現れ警官1名が降りてきました。私は気づかぬふりをしてスケッチに専念していたが警官の姿をした現実が「ここに物を置かないでください。ご協力をお願いします」と、またも言いにくそうに。「はあい」と返事をすると(もちろん返事だけ)すぐに車に戻り警察車両は走り去っていきました。まるで肝試しみたいだな。
 先週に比べ人が少ないとはいえ、用意した椅子(4脚)は、ほぼ満席。人が絶えることはありませんでした。国会前から降りてきた女性3人の中のひとりが「ここはまるで灯台のようです」と言ってくださった。感謝です。
 いつも来てくれるCさんと一緒に「We shall over come」「上を向いて歩こう」の合唱が始まりました。暫し女性コーラスを堪能。Kさんはクラリネットを練習に専念、時間がゆっくりと流れていきました。夕方にYさんが来てくれKさんと3人で事務所に。今日もテントはそこにありました(O・O)
◎物理的なテントの姿なくても、反原発の運動機能は…
9月4日(日)(K)
 午前11時前にテント広場に到着、一番乗りで座り込みを始める。程なく、丸の内警察の公安の人達が「今日は右翼街宣車が40~50台規模で霞ヶ関周辺での行動を予定している。危険回避のため街宣車が迫る前に知らせるので避難協力をお願いします」との要請でした。私は「解りました、後から来るメンバーに知らせます」と返事した。その後、座り込みの時間中、街宣車を何台か見かけたが、警察が言ったほど来なかったのは良かったと思います。ただ、来週9月11日も右翼は予定しているらしいので注意は必要かなと思います。
 12時ごろからテント座り込み当番Hさん、F(藤原節男)さんと共にバナーや椅子など座り込み道具の準備をしていると、お馴染みの数人が座り込みを始める。徐々に人も増えて1時ごろには17~18人が座り込んでいた。天気の雨予報もはずれ、秋晴れだった。木陰の時間中は良いが、陽が回ってくると日差しはきつい。日音響の人がギター演奏しながら「座り込めここへ」や「原発いらない」「テントの唄」などを歌い、終始、賑やかな座り込みとなった。
今日も最も多い時で20人を超える座り込みが出来た。経産省の役人は姿を見せなかった。
 物理的なテントの姿はなくても、反原発の運動機能は変わらない。私たちは原発がなくなるその日まで座り込みを続ける。まさしく、テントここに有りだ。(K)
◎残暑厳しくも何事もない秋晴れの一日 
9月5日(月)(I・M)
 パイプ椅子4脚とび備品BOXを自転車で運ぶ。テント前に椅子をセットすると外務省方向から鳩が5羽ほど飛んでくる。彼らも餌待ちのスタンバイが完了した。Oさんが到着、事務所に戻り運搬用キャスターとパラソル2本を運ぶが、自転車カゴに入りきれず一苦労する。
 テント前が充実すれば運搬が大変になる。三々五々座り込み一行が集まってくる。台風12号の影響もなく青空と白い秋雲が一面に広がる。経産省担当官も警察官も訪れず、定期的に警備会社の男女が様子見で通り過ぎるだけ。日曜の泊りを担当していたので、昼日中テント前に長時間座り込むのはとても新鮮だ。
 通りすぎる勤め人は座り込みをほとんど無視、屋根なし観光バスの外国人はよく手を振ってくる。ピースサインで応えると彼らも同調する。前に敷いた「テントここに在り」のNO NUKES文字が目に入るからだろう。昼間の座り込み人数は撤去前よりも格段に増えているのでかえって注目度は増しているはずだ。
 テント敷地を脇から覗くと90㎡近い空き地が主を失ったかのような空虚なたたずまいとなっている。ポケットパークへの5年前のテント設営、なんとうまい場所を押さえたのだろうと改めて感心する。
 日本消費経済新聞という業界紙が、タブロイド約半ページを使い「テントひろば強制撤去」「テントなくても脱原発目指す」の見出しであることを、持参してくれた女性が紹介してくれた。記者の上林裕子さん、ありがとうございます。テント記事の下には「インド、原発新設100基予定 日印原子力協定は現地の住民を追い詰める」の記事があり「12億人の人口ながら、村の40%が今でも電気が供給されていない。しかし、原発は産業振興を目的としたもので、反対する市民運動は激しい弾圧を受けている。その中、今年12月には安倍が訪れ原子力協定を締結する」とされている。海外への原発プラント輸出NO!経産省を責める必要性がここにもある。
 午後2時半ごろから残暑の日差しが直射する。先週より早い。パラソルの必要性がよく分かった。座り込みは横一列なので隣の人としか話せないのがネックだ。何事もなく過ぎ去る時間、Oさんと本や映画の話となる。久々に軽い話をし合い意気投合したりする。
 早めに撤収となったが暗がりで自転車の鍵の番号合わせが上手くいかず難儀する。この間、椅子を2脚ずつ持ち歩く二人のMさんを見つけ受け取るが自転車に乗ったSさんとすれ違い、結局事務所まで4脚を持ち歩きする。汗がどっと出る。穏やかながらハードな締めが待っていた一日でした。(I・M)
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Author:福島バッジプロジェクト
福島から声を出さなければ、原発は止まらない・・声を出せるような環境創りをし、又、声を出さなくとも意思表示をしようという事で始めました。このブログを通じて、多くの方に活動をご理解いただき、福島と共に歩んで欲しいと思います。

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